南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

自意識過剰に陥ることなく、精神的に自由に生きるために・・・

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自分の意見を他者に伝えるのが苦手な人がいる。

 

 

意見や質問があっても授業中に発言できない人がいる。

 

 

留学生に話しかけたいのに話しかけられない人がいる。

 

 

道を尋ねたいのに尋ねられない人がいる。

 

 

クラブに行ってもノれない人、踊れない人がいる。

 

 

 

 

本当は伝えたいのに、本当は発言したいのに、本当は踊りたいのに...自分の感情や欲求を押し殺して終わる。

 

 

何故そうなってしまうのだろうか。

 

 

 

 

 

それは、他者の目を気にしているから。

 

 

他者にどう思われるかばかりが気になるから。

 

 

 

 

稚拙な意見だと思われてバカにされるかも...。

 

 

的外れな質問かもしれない...。

 

 

英語が下手だと思われるかも...。

 

 

驚かれたり、嫌な顔をされたりするかもしれない...。

 

 

私は踊るキャラじゃないから、変な目で見られるかも...。

 

 

なんて思ってしまう。

 

 

 

 

そうした反応は、自己防衛的なものである。

 

 

勿論、他者の反応を推測して自身の行動を修正するのは決しておかしな反応ではない。

 

 

寧ろ、他者の反応に完全に無頓着になってしまえば、同じ土俵に立つ人間として認めてもらえず、社会的に孤立することになる。

 

 

 

 

この、他者の反応に完全に無頓着な状態を、"真の主観視状態"とでも名付けよう。

 

 

例えば、右も左も分からない生まれたての赤ちゃんや、重度の認知症患者もしくは精神障害者の一部は、そんな状態であるかもしれない。

 

 

つまり、自己を客観視する能力(=自身の言動の結果引き起こされる反応を予測できる)がなければ、社会生活を営んでいくのは難しい。

 

 

 

 

しかし、上に挙げたように、妙に周りの目を気にしすぎる人がいるのも事実である。

私も嘗ては複数の特定領域においてそうであった。

 

 

いざ行動を起こしてみると、予想が大きく外れて、周囲からバカにされることなんてないかもしれない。

 

 

そんな風に、周りの目を気にしすぎる、つまり自意識過剰に陥っている状態のことを、"中途半端な客観視状態"と言うことにする。

 

 

自意識過剰、中途半端な客観視状態とは、真の主観状態とは異なり、周りのことが見えてはいるが、自己と他者の間の線引きを明確にしすぎており、自己への拘りが強い状態のことである。

 

 

一歩引いた冷静な判断を下しているように見えて、その実は盲目的である。

 

 

 

そこから自己への拘りを取り除いた"真の客観視状態"に近付く(あくまで近付くだけ)ことができれば、人生の選択肢は大いに拡がり、後悔の少ない充実した日常を送ることができるだろう。

 

 

 

まとめると、

 

真の主観視状態

目の前しか見えていない状態。
視界イメージ→目の前に見える世界

 

中途半端な客観視状態

周囲が見えているが、自己への強い拘りゆえに身動きが取りにくい状態
視界イメージ→頭上1メートル地点から見える世界

 

真の客観視状態

周囲が見えており、且つ自己への拘りから脱した精神的に自由な状態
視界イメージ→上空から見下ろした世界

 

ということになり、下に向かうほど高次な精神状態と言える。 

 

 

なお、"真の"という語句を用いたが、語弊がある。

グラデーションを意識してもらいたい。

 

 

数直線上において考えると、

真の主観視状態はn=0~30、

中途半端な客観視状態がn=31~70、

真の客観視状態がn=71~100

という風にでも捉えてもらえるといいだろう。(あくまで便宜上)

 


鋭い人ならお気づきかもしれないが、特定の条件下では、真の主観視状態真の客観視状態は同じような作用を見せることもあるだろう。

しかしそれらは根本的に異なるものである。

 

 


例えば、ヒッチハイク。

 

経験者なら分かると思うが、行き先を書いたボードを掲げているときに冷たい視線を浴びせられることもある。

つまり、世間的に見て逸脱行動でもあるわけだ。

当然ながらリスクも付きまとう。

 

 

中途半端な客観視者(n=50/0<n<100)なら、いざやろうと思っても、自意識過剰ゆえに周囲の目が気になり、出来ずに終わる可能性が高い。

 

 

真の主観視者(n=10)は欲求のままにヒッチハイクしようとするだろう。

 

 

 

一方、真の客観視者(n=90)はヒッチハイクをするかもしれない。

周囲の目を過度に気にすることがないからだ。

 

 

或いは、しないかもしれない。

 

 

どういうことかと言うと、例えば当事者がか弱い女性であり、且つ治安の悪さで有名な場所にいる場合、客観的に状況を分析して、ヒッチハイクをしない選択を取るかもしれないということだ。

 

 


冷静に、客観的に状況を把握しつつ、

 

 

「自己も他者もそんな大差ない!」

 

「皆完璧じゃないんだから自分だって落ち度なしの完璧人間に見せようとする必要はない!!」

 

「人生は一度しかないのだから、ダサくてもやりたいようにやるのがいい!!!」

 

 

というマインドに持っていくことができれば、それは真の客観視状態に近い状態かもしれない。

 

 

 


分かりにくいかもしれないので、例をさらに1つ。

 

 

ここで示す行動例は、性質を表すための便宜上のものであり、あくまで一例であることに注意。

 

 

ケース:「授業中に意見が湧いてきた!! そのときあなたは...」

 

 

真の主観視者:先生の説明を遮って意見する。

 

中途半端な客観視者:周囲の目を気にして発言せずに終わる。

 

真の主観視者:クラスの状況を見つつ、発言する。

 


自身に対する周囲の寛容度などの見積もりが上手ければ、しくじることはあまりないだろう。

 

 

 

自意識過剰に陥ることなく、自己への拘りを減らしていき、大局的に物事や状況を捉えることができれば、可能性は広がり、自分の価値観を大切に、精神的な自由を謳歌することができる。

 

 

私もずっとそうでありたいと思って生きてきたし、これからもそうしていく。

皆さんにも望むならば是非そうあってほしい。

 

 

(2016年12月に執筆) 

 

 

 

 

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