南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

何かを選択するとき

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特に大切な局面においては、どんな選択があろうとも、自分で選び取りたい。

 

自分の思考、価値観に基づいて選択したい。

 

失敗すれば、責任は自分にある。

 

それでも、その方が心地良い。

 

別に、全ての選択を、というわけじゃない。

 

人は一日に9000回ほどの選択をしていると聞いたことがあるが、例えばジャムとバターのどちらをパンに塗るかなんて選択は当然ながら割とどうでもよい。

 

人間、見た目や感情の種類などは皆似通っているけれど、その中身(思考や価値観)はそれらとは比べものにならないくらいに異なる。

 

それはあまりに明白だ。

 

悲しむ人を見て共感の涙を流す人もいれば、人を残虐に殺すことに快感を覚える人もいるのだから。

 

だから、世間の大勢が選ぶからといって、それが自分にとっても常にベストな選択であるということはおよそありえない。

 

自分の感情に向き合って、周りに流されないように、自分自身を誤魔化さないように、選択していきたい。

 

多数決によって選ばれるものは、世間の大勢の意向を反映しているがゆえに万人ウケするものであり、ゆえに無難であることが多い。

 

一方で、尖ったものは、多数決では選ばれにくい。評価されにくい。

 

論理は合理的な説明がつけられるが、感情や感性にはそういった説明はつけがたい。

 

そして、選択とは論理だけで決めるものでは勿論なくて、感情や感性が大いに関わってくる。

 

政治など、大勢で意見を摺り合わせて時間をかけて答えを出すことも、日常的に見られる必要な所作ではある。

 

しかし、私はなるべく、自分の手に負える、自分自身の感性や思考、価値観に基づく意向が少しでも多くスムーズに反映されやすい状況を選びたい。

たとえ評価されなくとも、大勢に認められなくとも。その方が、私は私でいられる。

 

 

何が言いたいかというと、一人、もしくは少人数で決定を下す方が、好きです。

 

(2017年9月に執筆) 

 

 

 

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