南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

「怪しい人」や「不審者」にどう対応していくか

f:id:neoism:20180222134709j:plain

 

 

「怪しい人にはついていかない」。

 

特に小学生の頃に親や教師から散々言われることだ。

 

そして、身を守るための大切な心構えだ。

 

 


以前、大学受験を控える高校生を対象とするとあるイベントを告知するビラを、とある進学校の校門前で放課後に配っていたときのこと。

 

ビラを手渡せた割合は2-3割程度であり、大半はスルーを決め込んできた。

 

 

 

こちらの存在に気付いた瞬間、露骨に避けてくる者。

 


話しかけると俯いて足早に立ち去ろうとする者。

 

 

まだ内容を何も言っていないのに「要らないです」と言い放つ者。

 

 

 

彼らに共通するのは、「内容を知る前に切り捨てていること」。

 

 

例えば居酒屋のキャッチは、内容がどんなものであれ、ハナからスルーの対象と見なされがちだ。

 

それは、まるで雄のクワガタ虫が性ホルモンの指令によって縄張りに入った雌を殺すかのように、条件反射的なものなのかもしれない。

 

「キャッチの類いは無視するもの」というプログラムが無意識のうちに組まれているのかもしれない。

 

 

 

そのイベントの内容や質が分かる前から、簡単にその選択肢を切り捨てるー。

 

そんな短絡的な心の在り方では、いつまで経っても世界が拡がらないのでは、機会を逃し続けるのでは、と思ってしまう。

 

 

確かに私は顔面、ガタイ、声、挙動、服装その他諸々が人並み以上に厳ついので、なるべく関わりたくないと彼らが思うのも無理はない。

 

しかし、一緒にビラを配ったもう一人はニッコリした笑顔が特徴的な可愛らしい女の子である。

 

私と彼女のビラ配り成功率は同じようなものであったから、誰が配るかはあまり関係がなく、単に条件反射的にスルーされていた可能性が高い。

 


以前学園祭で個人出店したときも、明らかな好条件(「来てくれたら100円あげます」など)を叫び散らして宣伝したにも関わらず食いつきはほぼなかったことを鑑みても、やはりキャッチ的なものは大勢にとってスルーの対象なのだろう。

 

 

 

 

「怪しい人にはついていかない」。

 

 

確かに大切だ。

 

 

しかし、たとえついていかずとも、

怪しい人にもまずは耳を貸してみるのも、逆に大切なのではないか。

 

 

 

先の例で言うと、ビラを受け取ること自体は、

 

・ビラを読むことに時間と労力がかかるという点

・ゴミとして処分する必要に迫られるという点

 

こうした些細な点を除けば、ノーリスクである。

 

 

怪しいと感じるものであっても、自らシャッターを閉じるのではなく、まずは受け止めてみる。

受け止めてみて、やっぱりいいやと感じたらシャッターを閉じればいい。

 

なお、「受け止める」のと「受け容れる」のは別物である。

 

私の好きなキャッチボールを例にすると、

相手の投げたボールは一先ず取るだけ取ってみるー。(受け止める)

投げ返す(相手を受け容れ返報する)かどうかはそれから考えればいいー。

ということになる。

 

寧ろ、怪しい対象、違和感を抱く対象こそ、関わる価値がある。

今とは違う新たな世界を覗くことができるからだ。

 

私の場合、例えばこの1年くらいの間に、

 

渋谷の公園に集うホームレスたち

新宿で狂った路上パフォーマンスをする老人

歌舞伎町のイカついアフリカ人のキャッチ

公共の場で鼻血を垂れ流しながらハイになっている欧米人

幸福の科学やその他の新興宗教の信者たち

上海で話しかけてきた男女2人組と女2人組

指が2本欠けた全身入れ墨の広島のヤクザ

傷害や恐喝やらで刑務所に何年も収容されていたオレオレ詐欺師 

 

などなど、世間に忌避されたりいかがわしいと思われたりしがちな部類の人たちと偶然もあって絡む機会が度々あった。

しかし、私は決して最初にシャッターを閉めることはなかった。

相手がどうであれ、彼らと人間として向き合おうとした。

幼い頃からそういう人間だったというのも大きいだろう。

その結果、様々な世界を見ることができたし、大きな学びを得られることが多かった。

 

 

いざとなれば逃げればいい。

ちなみに私は玉蹴りの威力・スピードと逃げ足には相当な自信がある。

だからこそある程度リスクを冒せるというのもある。

とはいえ、実際多少は危険な目などにも遭ってきたので、身を守るためにも別にそこまでシャッターを開けまくる必要はないとは思う。

 

 

しかし、何にせよ余裕のあるオープンな心持ちでいれば、より一層、訪れた機会を逃がさずに己のものにすることができることは、身を以て実感している。

 

 

リスクを考慮しつつ、身を委ねてみる。

新たな世界を知ることができる。そこに立ち入ることができる。

 

 

だから、怪しい人にもまずは耳を貸してみてほしい。

 

 

(2017年8月ベース)

 

記事が良かったら、下のボタンを一瞬ポチッとお願いします!

当ブログのランキングが上昇して良いことが起こります。 

 

 

 

 

 

クリックしていただけると励みになります(^^)

にほんブログ村 海外生活ブログ 海外留学(その他)へ
にほんブログ村

 

★Twitter、お気軽にフォローどうぞ!