南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

一喜一憂って悪い意味で使われるが、ガンガンやればいい。但し・・・

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ボゴタの旧市街の丘の方の住宅街

 

一喜一憂。

 

 

良い意味では使われない言葉。

 

私は、多分そこそこ一喜一憂しやすい人間だ。

良いことがあると浮かれて、悪いことがあると落ち込む。

まあ多かれ少なかれ皆同じようなものだろう。

 

一喜一憂せずに、泰然自若と平常心を保つのは、確かに良いかもしれない。

 

しかし私は、「別に一喜一憂してもいいんじゃない?」と考えている。

嬉しい気持ち、悲しい気持ちなどの喜怒哀楽は、生来身に付けている自然なものだ。

自分を誤魔化さずにその都度我慢せずに噛みしめればいい。とさっきふと思った。

 

どんな波が来ても本当に心の底から鷹揚としていられる人ならいいが、そうでないのなら、感情を殺していては、上手く消化されずに、どこかで不具合が出てくる。

自分の本当の気持ちが分からなくなったり、知らず知らずにストレスが溜まっていったり。

感情というものは、上手く消化した方がいいのだ。

 

 

但し、問題なのは、一喜一憂した結果、やるべきことをやらなくなってしまうことだ。

 

これは多くの人が陥りがちなことだと思う。

私も嘗てはそうだったし、今もたまにそうなる。

 

 

卑近な例を挙げよう。

勉強なりスポーツなり、何でもいい。

 

納得できる良い成績を取ったとする。

それは素直に喜べばよい。

でも、それで浮かれて勉強しなくなったり練習しなくなったりすれば、たちまち成績が下がっていくだろう。

 

納得できない悪い成績を取ったとする。

それは素直に悲しめばいい。

でも、それで悄げてしまって勉強しなくなったり練習しなくなったりすれば、ますます成績が下がっていくだろう。

 

 

だから、自分の感情に素直に一喜一憂その他色々やった方が、動物らしくていいのだが、あとで後悔したくなければ、同時に自分がホモサピエンスという理性を兼ね備えた生き物であることも胆に銘じておいた方がいいだろう。

 

動物的な感情を大切にしつつ、人間的な理性も大切にする。

 

 

自分の行為一つ一つをしっかり自覚しながら、やるべきことを淡々と続ける限り、一喜一憂はガンガンすればいい。

 

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結果を残すには、結局のところ、コツコツやるのが一番なのだから。

 

 

 

 

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