南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

カウチサーフィンイベントで英語の練習をしよう

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NEOです。ブログと私についてはこちら。 

 

 

外国語学習者の大きな悩み。

 

その一つは、日常においてその言葉を使う機会があまりないこと。

 

言語は、実際に使う訓練をしなければ、実践力がなかなか身に付かない。

だからオンライン英会話など色んなサービスがあるわけだが、今回の記事ではあまり一般的には知られていない別の選択肢を提示する。

 

日本にいながらでも、海外から来た人たちと交流したり、言語を練習したり、友達を作ることが可能になる、その方法とは...。

 

カウチサーフィン(CouchSurfing)だ。 

 

カウチサーフィンとは、海外旅行などをする人が、他人の家に宿泊させてもらうという形式の、相互的な思いやりや信頼を前提とした、2004年に始まったオンラインサービスである。(カウチとはソファと同義)

 

旅行者がCouch-Surfingのアプリを通して現地で宿泊させてくれる人を募集し、プロフィール情報などを見て判断した人が宿を無料で提供する。登録も使用も無料。

 

ただ宿泊費を浮かせるばかりでなく、ホテルなどでは味わうことのできない、現地の生活に触れたり文化交流ができたりするという点でも、有用性は高い。

過去にはユーザー間で事件が発生したこともあるが、身分証の登録など、安全のために様々な仕組みが導入されている。

 

そして、このCouch-Surfing、用途は宿泊に限らない。

 

ただ一緒にお出かけするだけ、というようなこともできるし、ユーザーがイベントを立ち上げることもできる。

 

日本では、旅行者の少ない地方ではイベントが開催されることも人が集まることもあまりないが、東京などの都市では、毎日のように様々なイベントが催されており、日本人と海外からの旅行者の交流の場として機能している。まだ日本では参加したことがない。

 

イベント内容は様々であり、私がタイにいたときに発見したものでは、「ヨガの体験」や「フットサルしましょう」などがあった。

 

以前タイを旅したとき、カウチサーフィン(CouchSurfing)のパーティに参加したのだが、参加する上で登録やアカウントは必要なかったし、無料だった。

 

カフェのような、天井のないオープンな空間で、30人以上が好きなように交流していた。

 

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そこではオンラインで英語を教えているフィリピン人、アメリカと中国のハーフでアメリカ在住の人、我が強い中国人、現地在住のタイ人たち、仕事を辞めて世界を旅するイギリス人、日本から来た社会人など、様々な出逢いがあり、話が盛り上がった。

一夜限りのパーティだったけれど、今も稀にやり取りする人も何人かいる。

 

 

宿泊はこういう相性の不一致などのリスクがあるが、パーティなどのイベントには色んな人が来るので、ハードルが低い。

 

そういったイベントで良さげな人を見つけて(言語練習目的なら関係を継続しやすいから在住者が好ましい)、後日お茶でも飲みに行ったり、その人に友達を紹介してもらうなどすれば、色々拡がって楽しいかつ実践経験が醸成されることになる。 

 

興味のある人は、まずはCouchSurfingのアプリをダウンロード、登録!

もちろん無料。

 

Couchsurfing Travel App

Couchsurfing Travel App

  • CouchSurfing International Inc.
  • 旅行
  • 無料

 

まあ、他にも色んな方法があるのだけれど、こういうのもあるよ、ということで。

 

 

 

本筋とは無関係な余談だが、帰国後に当時29歳のベトナム人留学生の宿泊受け容れをした。

めちゃくちゃ大人しい且つ常にニヤニヤしている人だった。

なんで笑ってるの?と尋ねるたびに「別に」と答える彼。

その問答を5回は繰り返した。

これは手に負えないと思い、東南アジア系の顔をした友人を召還したが、彼も戸惑っていた。

2泊の予定だったが、ちょっとキツいなと思うことが他にもあったので、大学の同期のライングループに「酒と旅が好きなベトナム人留学生泊めたい人いませんか?」(真実)と投稿。

それを見て連絡をくれた知り合いのところに移ってもらった。

しかし、その知り合いには「この人ずっとニヤニヤしてるし喋らないし、全然イメージと違う。借りを返せ」と恨まれてしまうことに。

数日後に彼の履修していた授業への代理出席を頼まれ、教授が彼の名前を呼んだときに「はい」と答え、私が彼でないことを知っている同期たちがどよめき、教授に不審がられるということもあった。