南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

口語(関西)で今の心情をテキトーかつ割と正直にちょっと独りごちってみた

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メキシコに来て今日で2週間以上は経ってるんやけど、あんまり観光らしい観光はしてなくて、ただ拠点がコロンビアからメキシコに移ったってだけで、一時的にね、旅行してるって感じではないんよな。

 

まあコロンビアに帰っても宿があるわけじゃないから「無駄になってる家賃」とか気にする必要もないし、1日1000円前後の宿代と500円前後の飯代以外は基本的に出費があるわけでもなくて、だからまあ、気ままにやってる。

 

とはいえ、ドラマに乏しいな、と。

 

メキシコの東にあるカンクンって街では、1週間の滞在の後半は結構楽しかった。

観光地は2つしか行ってなくて、ひたすら街歩きしたり市場で値引き交渉しまくったり宿で出逢った他の旅行者とかヘルパーとかと喋ったり、休学して留学とインターンしてる大学生二人とか、長いこと世界廻ってる若い夫婦とかと出逢って喋ったり、エチオピアの女の子と知り合って喋りまくったり、参加した現地ツアーで知り合った親子と仲良くなったり...その娘さんがえらい美人で、キャビンアテンダントやってるって言ってたけど、確かに納得の美貌やったわ。身長が低めやったけど、キャビンアテンダントって身長制限なかったっけ?...まあそれはさておき、地味な中にも、結構楽しんでたわけよ。

 

それが、メキシコシティに来てからは、あんまりそういうのもないんよな。

ホステルを中心に、旅行者との出逢いはそこそこあったし、一緒に食べにいったり飲みにいったり、たまたますき家で出逢った休学してこっちでインターンとか故人ビジネスとかしてる大学生と後日ご飯に行ったりとか色々あったわけで、明日もまあメキシコとブラジルのワールドカップの試合を前に宿で知り合った旅行者たちと一緒にどでかい広場で観戦したりさ、前に知り合った別の子と会う予定もあったりするけど、なんかドラマが足りへんねんな。

 

別に、あちこち観光しまくりたいわけじゃないし、そもそも旅って、来る日も来る日もどこかにお出かけするってのは不自然やと思うねん。

日常生活において、出掛けたいときもあればゆったりしたいときもあるやん。でも、旅となれば皆こぞって毎日出掛けたがるやろ?それは「もったいない」ちゅう思いがあってのことなんやろうけど、今回は長期休暇で時間があるから、そんなあくせくする必要ないし、だからさっきも書いたように、日常生活を送ってるわけよ。

 

で、ドラマが足りへんちゅうのは、多分それは、起きてる出来事そのものよりも、自分自身の姿勢ていうか、多分、ガチで生きてないからやと思うねんな。

高まってる感がないというか、危機感がないというか、まあ何やろな、これをしたい!ていうのが、まあないことはないし、いや寧ろいっぱいあるんやけど、目の前にないというか。

もっと戦略的に、逆算的に動かんといかんなあと思うわけよ。

もちろん、生産的なこともしてはいるつもりやけど、全体的に見て、結構もったいない時間の使い方してんなって思う局面が多すぎるわけよ。場所がどこであろうが、もっと出来ることはいっぱいあるってのに。

で、そういうガチな姿勢で生きとったら、ドラマが得られやすいと思うねん。良い出逢いにせよ、何らかの機会にせよ。自信を以て過ごせるし、アンテナの機能が上がるし、そうなるのは必然やんな。

 

ここにきて、one of them感が強まってる気がするなあ。

ぼけーっとしてる時間、何も有意義じゃない時間が、最近多くなってきてる。

前までは、そう3月とか4月とかあたりは、スペイン語やべえっつって、まあ波も結構あったとはいえ結構ガチってたんよ。5ヶ月くらい前から留学しにきてた日本人がおったから、そいつらなんざすぐに抜かしたる!みたいな気持ちで。

あとあと考えると、学習の仕方に色々突っ込みドコロはあったし、今だってまだまだやと思うけど、まあでも危機感持って自分なりに真面目にやってた感はあったね。だって、言葉できへんかったら、俺は楽しめない。もちろん、言葉できへんくても、楽しみようはあるで。一緒にスポーツしたり、ノリで騒いだりとかさ。でも、言葉ができれば、楽しみ方がグッと広がってくる。相手のことを知れるし、自分のことを知ってもらえる。だから、言葉できんことにはあかんなっていう明確な思いが当然のごとくあったから、まあ割と頑張れたんよ。

 

ところがよ、今は、まあ割とコミュニケーションできる。留学4ヶ月5ヶ月でそれは凄いとか言われるレベルで、結構できてる方やと思うんよ。ただね、それゆえに、危機感は結構薄れちゃってるね。でも、このままやと不充分っていう思いは当然ながらあって、だから、ちゃんとそこに向き合わんとな、と思う。

 

人間、何かが緩めば、他の何かも緩んでまうと思うねん。車と一緒。車だって、タイヤ3つでは走れへんやろ。だから、生活全体を引き締めて、ゴールを思い描いて、それを意識しながら、逆算的に動いていくことが、改めて大切になってくると感じまくってる。人間、何かから何度教訓を得たところで、結局気が付けば忘れちゃってるもんやからな。初心忘れるべからずとかいう標語が頻繁に使われまくることがそれを示してるわな。どんな人間でもそう。

 

まあ書いてたらキリないからこのくらいにしとくけど、もっと生活引き締めや。

ということで、はい、徒然なるままに日暮らし、こんぴゅーたに向かひて、心に映りゆくよしなしごとを、そこはかとなく打ちまくれば、あやしうこそものぐるをしけれといった具合で、締めたいと思います。意味分からん。

 

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ちゃお。

 

 

→追記

やっぱ 、文章の中に色々誤魔化しが入っちゃってるな。

こういう文章は、人目に見せない状況下で書かんと、意識的・無意識的に人目を気にして掘り下げれんからあんまり意味ないで。

 

 

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