南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

大晦日何かやろうと思ってたら渋谷のホームレスたちと年越し野宿することになった話

 

2016年12月31日、大晦日。

 

大学の友人らのほとんどが既に帰省していた。

大抵の人は、家族と新年を迎えるだろう。

 

それまで20年以上生きてきて、20回の年末年始を迎えてきた。

そしてその時間を過ごす状況は、ほとんどが「実家で家族と」だった。

 

記憶にある限り、例外は一つ。

2014年の終わり、浪人生をしていたときのこと。

大阪の寮の部屋にいた俺は、新年を迎える瞬間は何か特別なことをしたいと思った結果、一人でシャドーボクシングをして過ごした。

 

 

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そのあとは友達とピザをドライヤーで温めながらコッソリ食べた

 

要は。それまで割と平凡な年の越し方ばかりしてきた。

 

だから、2016年の終わりと2017年の始まりには、何かダイナミックな過ごし方をしようと、前から決めていた。

 

 

少し考えた結果、年越し帰省ヒッチハイクというアイディアが思い浮かんだ。

東京から和歌山までのどこかで、高速道路を走る車の中で、まだ見ぬ誰かと、一緒に新年を迎える。

なんかギャンブル要素高くて面白そうやん、と単純に思った。

逆帰省ヒッチハイクは経験済みだったので、もちろん実現性は高いと踏んでいた。

 

 

つくば駅の近くのお店で、ノートとマジックペンを購入し、東京行きの電車に乗り込む。

ヒッチハイクは東京からやろうと思っていた。

大晦日に沸く東京を見たかったからであった。

20時過ぎ、東京・渋谷駅に降り立った。

 

若者を中心に、既にお祭りムードに包まれる渋谷。

荒れること必須の状況を見据えて1000人以上もの警官が動員されたといい、辺りには警棒を持った警官が整列していた。

 

予想以上の人の多さに、ここでカウントダウンを見てみるのも面白いと思った。

予定変更だ。

しかし、0時まではまだ時間がある。

 


時間を潰すために、渋谷駅周辺を散策していると、偶然、ある公園に行き着いた。

宮下公園と言うらしい。

 

覗いてみると、路上生活者(ホームレス)の年越しの炊き出しが行われていた。

60代以上と思しき男性たちが、30人以上集まっている。

支援側と思しき人たちも10人ほどいる。

 

大阪市西成区に二度足を運んでみるなど、もともと路上生活に関心があったので、その場にフラッと飛び込んでみることにした。

 

高齢の路上生活者たちしかいないという状況であるならば、そこに比較的小綺麗な若者が入り込むというのは異物感が強すぎる。

しかし、そこに支援側の若い人たちもいたお陰で、あまり抵抗なく入り込むことができた。

個人的関心から、これまで路上生活者関連の書籍やネット記事をいくつか読んだことがあるため、路上生活者への偏見や壁を感じていなかった、というのもあった。

 

この本じゃないけど、こんな感じの本とか。

今日、ホームレスになった

今日、ホームレスになった

 

 

ホームレスになるに至る経緯は人それぞれで、借金からの夜逃げもあれば経営していた会社が倒産して破産、なんて人もいるらしい。

 

 

さて、宮下公園だが、まず気付いたのが、隅の方にたくさん立てられた線香。

そこの前に言ってみると、「これは今年亡くなったホームレスの人たちのため」と誰かが教えてくれた。「一本あげてやってくれ」

どこの誰とも知れないその人たちに、線香を送り、手を合わせた。

 

 

炊き出しをしている人たちの中には、学生もいた。

聞いてみると、路上生活者を支援する団体の人たちなのだが、ただ一方的に支援するのではなく、「一緒にやる」というのをモットーにしている団体らしく、だから炊き出しも皆でやっていた。

 

 

公園の中には、新聞の切り抜きが飾られていた。

この宮下公園を巡る抗争などについて。

この公園では、毎年年末年始に1週間ほどホームレスたちの越冬イベント(炊き出しとテント)が行われるのだが、それをよく思わない警察が、たびたび介入してくるようだ。

その前の年やその前の年も、炊き出し中に一斉排除されたという。

 

東京都渋谷区が、宮下公園(渋谷区神宮前)など渋谷駅周辺の区立公園3カ所を26日から来年の1月3日まで終日閉鎖している。ホームレスやその支援団体が公園内での炊き出しや宿泊などで使用しないよう区側が先手を打った格好だが、支援団体側は強く反発している。

東京・渋谷区:宮下公園など3日まで閉鎖 ホームレス締め出し - 毎日新聞

 

これはその当時(2015)のニュース。

どうやら宮下公園は、渋谷におけるホームレスの聖地のようで、行政側は問題視していたようだ。

 

しかしそういった排除の仕方に対し、司法は違法判決を下した。

その後は、公園に商業施設をつくるという目的に切り替わり、排除は続いている。

渋谷区の野宿者排除に違法判決 次は商業施設で完全締め出し

 

 

ただの通りすがりです、とは言ったものの、厚意により、炊き出しの丼をいただいた。

謎に麺が載っかっていて、美味しかった。そして、焼酎もいただいた。乾杯して皆で飲んだ。

 

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設営されていた大きなテントでは、プロジェクターで紅白歌合戦が流されていた。

テントの外から見ると反転していた。当然だが。

 

 

何人かと喋ったあとは、とある60代半ばくらいのホームレス男性と少し長めのお喋りをしていた。

暫くすると、彼は「これから見回りに行く」と言う。

意図がよく分からなかったが、「ついていってもいいですか?」と聞くと、「危ないからダメ」と拒否された。

 

仕方ないので、彼をストーキングすることにした。

公園の階段を下り、歩道に出る。

歩道に出て10秒くらいで、バレた。

「だって気になるじゃないですか」

同行を許可してもらえた。

 

公園の前にはパトカーが停まっていた。

彼曰く、彼らはホームレスたちを監視しているとのこと。

実際、公園内のスピーカーから、警察による退去勧告が流されていた。そのときは、皆ブーイングをしていたような気がする。

彼が言うには、東京オリンピックもあることなので、警察としてはホームレスの存在が東京のイメージを下げるからどうにかしたいのだという。

 

彼と、喧噪の街をただ歩いた。

 

飲むか?と聞かれたので同意した。

居酒屋にでも行くのだろうかと思っていたら、辿り着いたのはセブンイレブン。

ビールを奢ってくれた。

ホームレスの方に奢らせてしまうのは悪いな、とは思ったが、彼が奢ると言ってくれたので、その厚意に甘えることにした。

 

ホームレスの世界にも色々あるらしく、仲間たちから尊敬される者もいるのだという。

小さな小屋を構えるようなホームレスは、一目置かれているとのこと。(当時は宮下公園の近くにたくさん並んでいた)

歩きながら小屋に目を遣ると、そうした小屋の横に、ビニール袋に包まれた大量の缶があった。

そうしたプロホームレスたちは朝早起きして缶を拾いまくり、いつでも換金できるように保管していたりするのだという。

 

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公園の階段に座って、ビールを飲みながら二人で色々喋った。

小柄だが機敏な彼は一体どんな人物なのだろうと気になり、色々尋ねてみることにした。

当時65歳くらいだった彼だが、若い頃はチンピラ(ヤクザの子分)をやっていたという。

北海道で殺人を犯し、刑務所で何年間か服役。

その後東京に出て、それから何をしていたかについては、もう1年半以上前のことなので覚えていないが、横浜だったり浅草だったりを拠点にホームレス生活をしているとのことだった。歩きで移動すると言っていた。

確かに、元チンピラと言われればそのような雰囲気は感じられた。

あまり突っ込んだことは聞けなかった。

 

それからまた暫く公園で他のホームレスの人たちとお喋りした。

支援団体の代表の人とも話をした。

彼は大学時代にホームレス問題を知り、以降支援活動に携わっているという。

 

 

カウントダウンを見たかったので、0時前にスクランブル交差点に行ってみることにした。

 

案の定、めちゃくちゃ人がいた。

この年から、スクランブル交差点は年越し前後に歩行者天国化されることになっていたのだ。

ほとんどが若者。そして外国人が多かった。

カウントダウンが始まる。そして終わる。2016年さんコンニチハ。

そこにいる人たちは皆仲間と来ているようで各々に内輪感があったので、1人で来た俺はアウェー感を覚えた。

 

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その雰囲気にはすぐに飽きたので、また公園に戻った。

 

また何人かのホームレスと喋った。

青春18切符で旅をするホームレス、ロシア人とのハーフの陽気なホームレスなどと、皆で談笑した。

異質と見なさず、皆フラットにフレンドリーに接してくれた。

テントが設営されていたので、「ここで寝ていいよ」と言ってくれた。

 

 

1時を過ぎ、徐々に皆が眠りに就きはじめたものの、まだまだ眠くなかったので、再びスクランブル交差点の方へと歩いていった。

 

渋谷センター街は、活気に満ち溢れていた。

 

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酔っ払って路上の隅で吐きまくっている奴、酔いつぶれている奴、ナンパしている奴、ひたすら騒いでいる奴...まあパターンは決まっていた。

 

暇だったこともあり、私的パトロールを開始。酔っ払ってガチで乱闘している奴らがチラホラいたので、力ずくで止めるなどして遊んだ(背中から腕で動きを押さえたり。まあ2回だけだが)。その後警察に連行されている奴もいた。

 

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警察に連行される馬鹿

 

空が明らむ少し前頃にはすっかり人が少なくなってしまい、つまらなかったのでまた公園に戻った。

テントの横に置いてあった段ボールと毛布を借りて、リュックを枕に眠りに就いた。

とはいえ、寒いし寝心地が悪いのであまりちゃんとは眠れなかったが。

 

暫くすると、テントからホームレスの人が出てきて、中に入りなよと言ってもらえたので、テントの中へ。

オッサンたちのいびきをBGMに、眠りに就いた。

 

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テントの中

 

何時頃だったかは忘れたが、早いうちに目覚め、テントを後にした。

 

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朝の宮下公園

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正月の朝の渋谷

 

そして、ヒッチハイクを開始し、6台に乗って8時間で大阪に辿り着く中で、また様々な出逢いやドラマがあったのだが、それはまた別の話。

 

 

 

その約3ヶ月後、宮下公園は突然閉鎖された。

今は高い壁に覆われ、工事が行われている。中を見ることすらできない。

抗議運動は続いている。

あそこにいたホームレスたちはどこに行ったんだろう。

 

ちなみに「宮下公園 ホームレス」などとググると、かつての宮下公園の様子がよく分かる写真がたくさん見られる。

 

 

 

 

普段接することも話すこともない、ホームレスの人たちとの出逢い。

偏見を持つ人はいるけど、言うまでもなく同じ人間。もちろんホームレスにも色々いるだろうけど、このとき出逢った人たちは皆温かかった。

新鮮でスリリングにして、多くの気付きや学びを孕んだ体験となった。

 

人は、物事に関心がなければスルーしてしまう。関心があるから、物怖じせずに機会に飛び込める。

ダメでもともと、失うものなんて大してない。

いざとなれば、逃げればいい。

 

人生は、感情も体験も振れ幅のある方が刺激的で面白い。

同様に、関わる人間の振れ幅が広い方が、より刺激と愉快さに満ちた人生になる。

 

日頃から好んで様々な物事にアンテナを張り、訪れる機会に自ら飛び込んでいく。

そうすれば、想像もしなかった面白い世界が見えてくる。

そこから新たな機会を創出できたりする。

もし何かに惹かれるのならば、どこへでも大胆に飛び込んでいって、冒険していきたい。

 

 

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