南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

「起きて30秒で松屋」を語る

 


まずは、この1分強の動画を観ていただきたい。

 

 

youtu.be

 

 

 

さて、観ていただいた通り、「ただ朝起きて30秒くらいで松屋にダッシュして牛丼を喰らう」という、意味の分からないシンプルな動画である。

 

 

しかし、実は一見無意味なこの動画「起きて30秒で松屋」には、込められた意味がある。

 

 

 

 

込めた意味

 

 

幼き頃、父の運転する車の後部座席に座りながら、よくこう思ったものだった。

 

「もし父が次の瞬間、ハンドルを思いっ切り左に振り切れば、10秒後には自分は死んでいるのかもしれない」と。

 

ミスであれ故意であれ、ハンドルを振り切ること自体は理論上はなんら難しいことではない。

 

たとえ父がそうしなくても、私が突然背後から父のハンドルを奪えば、自分の意思によってそういった状況を作ることが可能となる。

 

 

つまり、今の行動次第では、10秒後に死んでいても何らおかしくはない―――。

 

 

それは当時の私にとって、凄まじい事実であるように映ったし、今でもそう感じている。

 

1年後、10年後はさることながら、たった10秒後、1分後でさえ、自分に何が起こるのかなんて、誰にも正確に予測することはできない。

 

一寸先は闇とも言うし、そこから転じて、転ばぬ先の杖だとか後悔先に立たずとも言う。

 

この映像では、朝起きたときに覚えた空腹感から、松屋に行くことを思い立ち、即座に行動する。

 

目覚まし時計で起きたとき、まさか30秒後には松屋の券売機の画面を触っているとは、本人すら思いも寄らなかったであろう。

 

こんな妙なカタチではないにしても、例えば1分前の自分が全く予想だにしなかった状況に身を置いている、なんてことは、無自覚であろうが誰しも日常的に経験している。

 

 

 

また、自室と松屋は、同じ屋内の空間ではあるものの、プライベートとパブリックという、非常に大きな違いがある。

 

これは、人目を気にする必要のない安全な空間から、社会という曖昧なものによって立ち振る舞いが事実上大きく制限される空間への移動を意味する。

 

個人空間の中で許されたことが、そこでは許されなかったりする。

 

あまりに大きな変化と思わないだろうか。

 

 

 

これらは、意識はせずとも常に我々の生活に事実として付きまとう。

 

このようにして、たった30秒後に全く異なる状況・環境に身を置いているという事実に含まれる面白みを、シュールな方法で表現しようとした。

 

なお私は、30秒後はさておき、1年後にどうなっているのかすら予測できない人生を歩みたいと思っている。

 

 

 

 

逸話など

 

 

・動画の撮影と編集はともに2016年10月16日に実行した。

 

・撮影には1時間ほどかかった。

 

・前夜に友人に依頼して、交通量が少ないから撮影しやすいという理由で朝6時過ぎくらいにアパートに来てもらった。友人にはお礼として松屋の牛丼を奢った。

 

・ドアを開けて飛び降りるシーンでは最初、裸足で実行した。しかし地面がコンクリートなので当然カカトがダメージを受け、靴を履いて実行することに。靴履きのシーンはナチュラルにカットしてある。

 

・交差点横断シーンは長めに取っていることもあり、実際はアパートの部屋から松屋まで20秒ほどで行けると思われる。

 

・カメラ一台で様々な角度から撮影するために、何度も同じ動作を繰り返した。そのため、何度もダッシュすることになり、何度か休憩を挟むことに。券売機入力シーンではかなりフラフラで、指揮者のような指の動きになってしまっている。このシーンの直後、トイレに駆け込んでちょっと吐いた。

 

・それから時が経ち、筑波大学新聞にこの動画の件で取材を受けた。しかし、ボツになった模様。

 

 

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他にも動画は作っています。

neoism.hatenablog.com

 

映像制作業もしています。

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