南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

旅とは「受動的な快楽」に溺れる行為なのか?

 

ある日の夜にツイッターで、金沢で宿泊施設経営をしている人のこんなツイートを見かけた。

 

 

この文面だけを文字通り受け取ったとき、私は違和感を覚えた。

「それは旅の仕方によるだろう」と。

 

なお、大枠として、長期に渡るバックパッカー的な旅のことを指しているのだと思う。

 

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確かに、現実逃避的に旅を続ける人に関してはそうなのかもしれない。

かつて出逢った様々な長期旅行者たちのことなどを思い出してそう思った。

 

そして、旅では大概自分で何もかも決めるから「主人公感」が得られやすいとはいえ、日本に帰ったら確かに多くは普通の人間だ。

 

 

「受動的な快楽」の対義語は「能動的な快楽」、つまり勉強であったり事業であったりという「生産的行為から生まれる快楽」のことだろう。


確かに旅をしていると、生産的なこととは縁が薄くなる。

旅は休暇と結び付きが強いから、そりゃそうだ。

継続的に頑張るということがなくなる。

そうでなくても、街歩きとか観光とかしていれば自ずと時間がなくなる。

 

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旅は能動的に動くことで始まるけれど、ただ享受してハイ終わり、なら確かに「受動的な快楽に溺れているだけ」と言えるだろう。


それでも全く構わないとは思う。(そればかりでは悲しいが)

旅に限らず、多くの快楽は受動的なものだ。

遊園地、水族館、カラオケ。

与えられたもので遊ぶ。与えられたものを観る。

 

いや、そもそも「能動」と「受動」の線引きが曖昧だろう。

 

水族館でも、ただぽかーんと長めながら観て廻れば「受動」と言えるかもしれないし、しっかり解説を読んで勉強しながら観て廻れば「能動」と言えるかもしれない。読書も然り。

 

結局は姿勢次第なわけだ。

 

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旅の中で、言語や文化などの様々な違い、トラブル、人との出逢い、息を呑む美しい光景など、色んなものとぶつかる中で得られた学びやインスピレーションを糧にできれば、受動的な快楽に留まらない能動的な快楽、生産的行為にも達するだろう。

 

それが出来なければ、一見充実しているように見えてただの時間や労力の無駄遣いに終わってしまう。

旅に限った話ではなく、勉強や仕事にだって言えることだ。

 

 

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