南米留学放浪放言記

南米コロンビアのボゴタに留学する大学生が色々勝手にホザくブログ。

「イエスキリスト天才啓蒙パフォーマンス集団説」を提唱する

 

世界的宗教「キリスト教」

 

イエスキリストは確かに実在したと言われている。

 

しかし、彼が起こしたとされる様々な奇跡とやらは、何やら胡散臭い

 

そこで、キリスト教の興りを、辻褄が合うようにしつつ私なりに解釈したもの。

 

それが

「イエスキリスト複数人説

および

「イエスキリスト天才啓蒙パフォーマンス集団説」

である。

 

その「奇跡」の物語をここに綴ろうと思う。

 

 

ちなみに、キリスト教に関する知識はほぼないので、言い伝えを無視しまくった凄まじくメチャクチャなものになっているであろうことを先に弁解しておく。

 

また、決してキリスト教を侮辱しているわけではありません。

 

創作物、エンターテインメントということで、ご理解いただけますよう。

 

 

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昔々、2000年ほど前、あるところに、ある天才が生を受けました。

 

その天才性は凄まじく、神童中の神童中の神童として手塩にかけて育てられました。

 

 

 

優しく育った彼は、戦乱や飢饉や汚職など、荒れる社会状況に心を痛めました。

 

現代と違って公教育も不充分でなかった当時は、人々の倫理観は低いと言わざるを得ないものでした。

 

 

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そこで彼は考えます。

 

「人々の心が一つになるよう啓蒙すれば、そうした問題の多くは解決されるだろう」と。

 

 

 

彼は自分自身の哲学や古今東西の考え方をベースに、同じ志を持つ情熱的な仲間たちと議論を交わしつつ、思想体系を作り上げました。

 

彼は当時の最新科学などの知識も把握していたでしょう。

 

 

 

生まれついてのカリスマ性を持つ彼に、耳を傾ける人も確かにいました。

 

しかし、比較的若かった彼に、多くの人は見向きもしません。

 

もっと影響力を高めて、人々を啓蒙する必要性を感じました。

 

 

 

そこで彼は再び考えました。

 

「どうすれば、人々の心を惹きつけることができるだろうか」と。

 

 

 

仲間とともにアレコレ議論を交わした末、彼は「奇跡」を起こすことで人々の関心を買い、権威を得るという発想に辿り着きました。

 

現代でいう「手品」「マジック」です。

 

先に述べたように、科学にもよく精通していた彼。

 

その知見を活かして、仲間たちと協力しながら、様々な「奇跡」を起こしました。

 

 

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水をぶどう酒と上手くすり替えるマジック、病人という設定で床に伏せた仲間(仕掛け人)を人々の前で治療するフリをしたあとに歩かせるマジックなど、志を同じくするアツい仲間たちとともに様々なマジックを仕掛けては啓蒙し、信者を増やしていきました。

 

そう、「イエスキリスト」とは、啓蒙パフォーマンス集団だったのです。

 

 

 

それだけでなく、彼は自分のソックリさんを巧みに使い、スピーディに啓蒙活動を進めていきました。

 

 

 

そう、「イエスキリスト」は複数人いたのです。

 

そのソックリさんは、(双子の)兄弟だった可能性も、スカウトされて彼らの考えに賛同した全くの赤の他人であった可能性もあるでしょう。

 

テレビもインターネットもツイッターもない世の中、同じ時間に別の場所で「同一人物」が活動していても、違和感に気付く人はそういないでしょうし、それ自体を奇跡と宣伝することもできたでしょう。

 

 

 

狙い通り、彼の権威は日に日に高まっていきます。

 

彼は自らを「神の子」と名乗るようになりました。

 

多くの人が、彼の言うことに耳を傾け、啓蒙されていきました。

 

弟子もたくさん集まりました。

 

 

 

 

そんな彼のことが気に食わない世の権力者は、ある日とうとう彼を捕らえます。

 

しかし、彼はこのことも計算済みでした。

 

そればかりか、ハナからこの展開を物語のクライマックスと想定していました。

 

 

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皆さんのご存知の通り、彼は磔刑に処せられます。

 

「イエスキリストは死んだ」。

 

誰もがそう思いました。

 

しかし、これも皆さんの知る通り、彼は数日後に人々の前に姿を現します。

 

 

 

その、姿を現した彼、実は彼は例のソックリさんなのでした。

 

死んだあとにソックリさんを出して「蘇り」という「奇跡」を「演出」することによって、彼は「神」としての権威を確固たるものにします。

 

狙い通り、この期間に信者は爆増し、さらなる影響力を持つようになりました。

 

 

 

その後、ボロが出ないようにソックリさんはすぐに姿を消しますが、その後は意思を継いだ他の仲間やその子孫たちによって「旧約聖書」、さらには「新約聖書」が(フィクションを多く交えながら)執筆されてゆきます。

 

彼の命を犠牲にしてまでの「蘇り」という「奇跡」の「演出」によって、啓蒙スピードは大いに加速していきました。

 

彼らの平和を希求する意思は、並大抵のものではなかったのでしょう。

 

 

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人は、誰かがどんなに良いことを言っていても、そこに確固たる権威が伴わなければ見向きもしない、表面的なものしか見ることのできない愚かな生き物である―。

 

そのことを誰よりも理解していたからこそ、彼はこのような手段を執ったのでしょう。

 

現代にも通じる話ですね。

 

 

 

そこまでがイエスたちの計算でした。

 

こうして、キリスト教が誕生しました。

 

 

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はい、意味分かりませんね。

 

知ってます。

 

ていうか、書きながらキリスト教についてちょくちょく調べるうちに、この物語の矛盾点などに色々気付いてワケが分からなくなりました。

 

 

・・・・・・・。

 

あはははっは。

 

 

 

 

 

ハハッ!!

 

 

・・・・・。

 

 

 

 

 

ウィ。

 

 

 

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